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written by 西田真尋 for Service Area Web Friday -Track Back Special!
FC2 blogのテーマに合わせて文章を捻る企画第1弾。
お題は
第55回「やってみたい!こんな仕事」
まずは僕からである。
「夢使い」とは何て事はない。
↓である。

「夢使い」 (植芝理一 作)
アフタヌーン連載の漫画作品でアニメ化もしているが原作が好きな人は見ない方がいいだろう。
「夢使い」は古代日本での祭祀(呪術)を行った一族、「遊部」の末裔であり、早い話が現代の呪術師もしくは陰陽師などをイメージしてもらえればよい。ちなみに「遊部」自体は平安初期に編纂された令集解にも載っているらしく実在していたと考えられる。奈良には遊部という郷も実際にある。
作者の植芝氏自身が呪術や魔術など人間のダークサイドのイマジネーションにまつわる事物に詳しいこともあってかこの作品自体は他の「ファンタジー」を銘打った作品群とは一線を画した作りになっており個人的には非常に面白い。多くのその手の作品は主にいわゆる「魔法」などヨーロッパにおいて生み出された精神世界の暗部の産物をそのまま輸入し劇画的にギミックとして用いるだけなのだがこの作品では精神世界の暗部がどのように何を生み出すかというメカニズム自体を「夢」という形で作品に組み込んでいるので決め台詞をキャラクターが言っていたりなど、所謂ヒーロー物のように描いてはいるがファンタジーが本質的に持つ「暗さ」については良く出ていると思う。
そういう訳で「夢使い」の仕事とは現代の呪術師な訳であるのだが、決して魔物を倒してめでたしめでたしという安直な仕事ではないのがこれまた中々面白い。
その仕事は不可思議な事件の中でその当事者達の「心」、つまり精神世界を探ってその原因を見つけ解き明かした上で事件を解決するという物である。また作品中でも基本的には悪玉・善玉のような(見かけ上はある物の)設定していない。これは作者のこの手の知識における造詣の深さ故にできる業であるとも言え、作品世界を際だたせている一因でもある。実際、この辺の役割だけ考えるとアフリカなどで今もいるウィッチ・ドクター(これは早い話が呪い師、呪術師である)となんら変わらない。
「箒神」という杖を使い、杖の端にある神棚のような箱の中に玩具や本を入れ、その入れた物が持つイマジネーションを元にした技を繰り出すというアイデアは非常に面白い。また「夢見」という「夢殿」の中で「箱庭」を用いて精神世界を走査する(本物の「夢殿」も似たような機能があるのでこの辺は書き手として上手いとしかいいようがない)術もユニークである。
しかし「夢使い」になるには一つの問題がある。
それはこの仕事につく条件(?)として、「命よりも大事な物を失った人間である」事が必要になるからである。つまり生きる上でかけがえのない物を失った世捨て人。そういう人間だけが「夢使い」となる事が出来るのである。この作品ではそういう事もあって(第2話の賢者の石の話の後半は特に)「死」というファクターがかなり見え隠れする。
実際、そういう人間でなければ「人間の心」という「魔宮」に入るのは難しいのではないかとは思うのではあるが。
ただこういう仕事であれば世捨て人になってしまった時にはやってもいいかなと思ったりするのである。
ただのレビューになってるような気もするがそんな所である。
FC2 blogのテーマに合わせて文章を捻る企画第1弾。
お題は
第55回「やってみたい!こんな仕事」
まずは僕からである。
「夢使い」とは何て事はない。
↓である。

「夢使い」 (植芝理一 作)
アフタヌーン連載の漫画作品でアニメ化もしているが原作が好きな人は見ない方がいいだろう。
「夢使い」は古代日本での祭祀(呪術)を行った一族、「遊部」の末裔であり、早い話が現代の呪術師もしくは陰陽師などをイメージしてもらえればよい。ちなみに「遊部」自体は平安初期に編纂された令集解にも載っているらしく実在していたと考えられる。奈良には遊部という郷も実際にある。
作者の植芝氏自身が呪術や魔術など人間のダークサイドのイマジネーションにまつわる事物に詳しいこともあってかこの作品自体は他の「ファンタジー」を銘打った作品群とは一線を画した作りになっており個人的には非常に面白い。多くのその手の作品は主にいわゆる「魔法」などヨーロッパにおいて生み出された精神世界の暗部の産物をそのまま輸入し劇画的にギミックとして用いるだけなのだがこの作品では精神世界の暗部がどのように何を生み出すかというメカニズム自体を「夢」という形で作品に組み込んでいるので決め台詞をキャラクターが言っていたりなど、所謂ヒーロー物のように描いてはいるがファンタジーが本質的に持つ「暗さ」については良く出ていると思う。
そういう訳で「夢使い」の仕事とは現代の呪術師な訳であるのだが、決して魔物を倒してめでたしめでたしという安直な仕事ではないのがこれまた中々面白い。
その仕事は不可思議な事件の中でその当事者達の「心」、つまり精神世界を探ってその原因を見つけ解き明かした上で事件を解決するという物である。また作品中でも基本的には悪玉・善玉のような(見かけ上はある物の)設定していない。これは作者のこの手の知識における造詣の深さ故にできる業であるとも言え、作品世界を際だたせている一因でもある。実際、この辺の役割だけ考えるとアフリカなどで今もいるウィッチ・ドクター(これは早い話が呪い師、呪術師である)となんら変わらない。
「箒神」という杖を使い、杖の端にある神棚のような箱の中に玩具や本を入れ、その入れた物が持つイマジネーションを元にした技を繰り出すというアイデアは非常に面白い。また「夢見」という「夢殿」の中で「箱庭」を用いて精神世界を走査する(本物の「夢殿」も似たような機能があるのでこの辺は書き手として上手いとしかいいようがない)術もユニークである。
しかし「夢使い」になるには一つの問題がある。
それはこの仕事につく条件(?)として、「命よりも大事な物を失った人間である」事が必要になるからである。つまり生きる上でかけがえのない物を失った世捨て人。そういう人間だけが「夢使い」となる事が出来るのである。この作品ではそういう事もあって(第2話の賢者の石の話の後半は特に)「死」というファクターがかなり見え隠れする。
実際、そういう人間でなければ「人間の心」という「魔宮」に入るのは難しいのではないかとは思うのではあるが。
ただこういう仕事であれば世捨て人になってしまった時にはやってもいいかなと思ったりするのである。
ただのレビューになってるような気もするがそんな所である。

