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written by 西田真尋 for Service Area Web Friday -Track Back Special!
今日のお題:第71回「初恋の思い出」
・・・orz
どう書いたモンだか。
別に人を好きになった経験がない事はないが「初恋」みたいな語感の話はないわけで…。というより七夕だからといって織姫と彦星は別に初恋なのかは誰にもわからんだろと。
ただ、この「初恋」という物は特にその言葉の持つイメージとして単純な恋愛よりもロマンチックなイメージを持っていると考えても差し支えないだろう。特に「ドロドロした初恋」という物もあんまり考えられない(実際にはあるかも知れないが)事もあって大抵はナイーブでありながらイノセンスでピュアであるというイメージと考えても差し支えはないかも知れない。近い部分を持っている言葉としては「純愛」なんてのは近いのかも知れない。
ここ数年(もう下火になってるか)は「純愛」を謳った作品がブームになっていた。「世界の〜」とかもそうであるし「今会いに行きます」なんかもそうである。韓流ブームってのもあったがあれらもほとんどは「純愛」がメインの作品である。幼なじみでうんちゃらかんちゃらというのもある意味で「初恋」の延長での「純愛」物である。
しかし大抵物語と現実とは鏡を挟んで向かいあってるような物で逆の現象が現実に起きているのは興味深い。所謂少子化問題の一つで晩婚化や結婚する人間の数自体が減少傾向にあるのもそうだ。まあ色々背景はあるので細かい話など書かないが面白い話である。
一つ言えるのは人間同士の関係の中でどれだけ「ピュアさ」が存在出来るかという余地が社会の中であんまりなくなってしまった部分もあるのかなと思う。
「人の心は金で買える」なんて事を言って叩かれまくった元IT兼ファンド会社社長で現被告のあの人物がいたが、彼の言った事は半分は間違っていない。なぜなら生活においての豊かさは幸福感を下支えする大きな要因となるからである。貧乏でも幸せな人は多かれ少なかれ宗教に嵌っている。これは別に今ある宗教ばかりでなく自分が信じている「何か」を金科玉条の「神」として考えている事も含んでいる。
しかし残り半分の問題はその「宗教」がどこにもないという事の現代の空虚さを象徴してしまっている事にある。お金だけでなければ「何を?」という話でもある。その時に「宗教」に嵌れるのは心に「ピュアさ」がある人間だけである。それを「ピュアさ」がない、もしくはそれがある事を是としない人は「宗教」にも嵌れず結局「お金で心は買えない」と言ってもそれ以上の反論もできないのである。
現代は豊かさどころかシビアに生きる事にお金がかかっているので余計に「宗教」は遠くに押しやられ「ピュアさ」は余計な物として排除される向きがある。もしくは排除しようとするがどっかではないとやるせなくやり切れなくなる。その現代人の心の綾には「純愛」はうまくフィットしたとも言えるんじゃないかという気がする。
これは「初恋」も同様である。
30過ぎて初恋の人も現実にはいるんだろうが、イメージ的には成人し大人になる遙か前の頃の物である事が一般的である。そこには社会的な地位もない、貧富の差も大してない、将来性も似たような物。早い話が打算がないという事である。それはピュアであり美しくもあるという話になる。しかしそれは同時に現実をピンホールカメラで通したような逆さの世界でもある。
テレビや映画とかで「初恋」がらみの話を見ると妙に皮肉な気分にもなるのである。実際には「初恋」が馴れ初めみたいな話も聞きますけどね。
自分には大して書くネタがないのでごまかした次第である…orz
今日のお題:第71回「初恋の思い出」
・・・orz
どう書いたモンだか。
別に人を好きになった経験がない事はないが「初恋」みたいな語感の話はないわけで…。というより七夕だからといって織姫と彦星は別に初恋なのかは誰にもわからんだろと。
ただ、この「初恋」という物は特にその言葉の持つイメージとして単純な恋愛よりもロマンチックなイメージを持っていると考えても差し支えないだろう。特に「ドロドロした初恋」という物もあんまり考えられない(実際にはあるかも知れないが)事もあって大抵はナイーブでありながらイノセンスでピュアであるというイメージと考えても差し支えはないかも知れない。近い部分を持っている言葉としては「純愛」なんてのは近いのかも知れない。
ここ数年(もう下火になってるか)は「純愛」を謳った作品がブームになっていた。「世界の〜」とかもそうであるし「今会いに行きます」なんかもそうである。韓流ブームってのもあったがあれらもほとんどは「純愛」がメインの作品である。幼なじみでうんちゃらかんちゃらというのもある意味で「初恋」の延長での「純愛」物である。
しかし大抵物語と現実とは鏡を挟んで向かいあってるような物で逆の現象が現実に起きているのは興味深い。所謂少子化問題の一つで晩婚化や結婚する人間の数自体が減少傾向にあるのもそうだ。まあ色々背景はあるので細かい話など書かないが面白い話である。
一つ言えるのは人間同士の関係の中でどれだけ「ピュアさ」が存在出来るかという余地が社会の中であんまりなくなってしまった部分もあるのかなと思う。
「人の心は金で買える」なんて事を言って叩かれまくった元IT兼ファンド会社社長で現被告のあの人物がいたが、彼の言った事は半分は間違っていない。なぜなら生活においての豊かさは幸福感を下支えする大きな要因となるからである。貧乏でも幸せな人は多かれ少なかれ宗教に嵌っている。これは別に今ある宗教ばかりでなく自分が信じている「何か」を金科玉条の「神」として考えている事も含んでいる。
しかし残り半分の問題はその「宗教」がどこにもないという事の現代の空虚さを象徴してしまっている事にある。お金だけでなければ「何を?」という話でもある。その時に「宗教」に嵌れるのは心に「ピュアさ」がある人間だけである。それを「ピュアさ」がない、もしくはそれがある事を是としない人は「宗教」にも嵌れず結局「お金で心は買えない」と言ってもそれ以上の反論もできないのである。
現代は豊かさどころかシビアに生きる事にお金がかかっているので余計に「宗教」は遠くに押しやられ「ピュアさ」は余計な物として排除される向きがある。もしくは排除しようとするがどっかではないとやるせなくやり切れなくなる。その現代人の心の綾には「純愛」はうまくフィットしたとも言えるんじゃないかという気がする。
これは「初恋」も同様である。
30過ぎて初恋の人も現実にはいるんだろうが、イメージ的には成人し大人になる遙か前の頃の物である事が一般的である。そこには社会的な地位もない、貧富の差も大してない、将来性も似たような物。早い話が打算がないという事である。それはピュアであり美しくもあるという話になる。しかしそれは同時に現実をピンホールカメラで通したような逆さの世界でもある。
テレビや映画とかで「初恋」がらみの話を見ると妙に皮肉な気分にもなるのである。実際には「初恋」が馴れ初めみたいな話も聞きますけどね。
自分には大して書くネタがないのでごまかした次第である…orz

